名曲喫茶ライオンにて。

雨はひたひたと降り続いている。

寒さに背中を丸めて足早に渋谷の街を歩く。

天気予報は夜半から関東地方は平野部でも大雪に見舞われるので注意してくださいと告げていた事を思い出す。

今週も金曜日までたどり着いた。

日々の業務で頭の中が渦巻いている。

忙殺されかけている。

脳の細胞が数字の抑圧で埋まり、思考を送るはずの電気回路が断線気味でうまく考えがまとまらない。

回路につまったゴミを流し出すために訪れた名曲喫茶ライオン。

創業は1926年。昭和で言ったら昭和元年。

マリリン・モンローが生まれて、4代目古今亭志ん生が死んだ年。

ジョン・コルトレーンが生まれて、大正天皇が死んだ年。

ライオンの席に座る。

雨はひたひたと降り続いている。

江戸川乱歩の小説のような、なんとなくおどろおどろしい、昭和モダンの世界観。

壁面を埋め尽くす、巨大なスピーカーとレコード。

誰の曲かはわからないが、どう聞いても歴史に軌跡を残したであろうことが容易に想像できるクラシック音楽が空気を染める。

俺を含めてお客は3人。

タバコを終始燻らせながら書き物に夢中になっている白髪の男。

クラシック音楽に聞き惚れているのか、一時間ほど観察していたが微動だにしない女。

そしておれ。

雨はひたひたと降り続いている。

コーヒーを注文して、ある作家が書いたデビュー作である小説のようなものを読みふける。

曲の間に、彼も江戸川乱歩に出てきそうな男だが、影のある店員が低いトーンで曲を紹介している。

時が止まっている。

雨はひたひたと降り続いている。

私語厳禁、撮影禁止、喫煙はオッケーという、時代錯誤な規約を設けながらも、お店は80年以上開きつづけている。

眠たくなってくる。

徐々に外の音が聞こえなくなる。

雨は雪に変わったのだろうか。

静かだ。

ゆっくりと、脳の電気回路に詰まったゴミに対して、緊張のない週末を過ごすための除去作業が、平均律によってなされていく。

そういうお店が名曲喫茶ライオン。

閉店は22時30分。

550円のコーヒーであらかたリセットできる。

そういうお店。



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